世界観を変える映画 心に響くスピーチ

「アメリカ最後の希望」が語る「GNPで幸福は測れない」

「写真に写っている右側の男性は誰でしょう?」


出典:Wikipedia (Public domain)

「写真に写っている右側の男性は誰でしょう?」

恐らく、左側に写っている男性をご存知の方は多いかと思います。「私には夢がある」とワシントン大行進でスピーチをしたマーティン・ルーサー・キング Jr. 牧師です。

ですが、右側の男性を即答できる方は意外と少ないかもしれません。彼の兄に比べると。

John F. Kennedy
出典:Wikipedia (Public domain)

兄は、第35代アメリカ合衆国大統領を務めたジョン・F・ケネディ。彼は、カトリック系、アイルランド系アメリカ人で初の大統領となりました。

さあ、最初の質問「写真の右側の男性は誰ですか?」の答えです。キング牧師、ジョン・F・ケネディと共に激動の時代を生き、「アメリカ最後の希望」と表現された男性の名は、ロバート・ケネディ(通称ボビー)です。

ロバート・ケネディ
出典:Wikipedia (Public domain)

 

ボビーは「アメリカ最後の希望」

ロバート・ケネディは「アメリカ最後の希望」という表現を、私は『ボビー』という映画のなかで知りました。

J. F. ケネディ、マルコムX、キング牧師、といった当時の代表的人物が次々に暗殺されていく1960年代アメリカ。

最後の希望を、「ボビー」という愛称で親しまれたロバート・ケネディに、多くの市民が託したのでした。

以下、表を作成してみました。

月日 人物
1963年 11月22日 ジョン・F ・ケネディ 暗殺
1965年 2月21日 マルコムX 暗殺
1968年 4月4日 キング牧師 暗殺
  6月6日 ロバート・ケネディ死去(前日に暗殺)

『ボビー』DVDのジャケットと、予告編も貼り付けておきます。こんなにも実力ある有名俳優陣が、ひとつの映画に出演するなんて、ボビーの人気ぶりが見て取れます。


(c)2007 吉崎観音/角川書店, 角川映画, サンライズ, テレビ東京, NAS

2007年2月24日 公開 [配給:ムービーアイ]予告編Director:石原 俊介© 2006 BOBBY, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

GNPで幸福は測れない

映画『ボビー』でも、ロバート・ケネディ本人の肉声で演説を聴くことができますが、下記に、1968年3月18日カンザス大学にて、大統領選に向けてのキャンペンスピーチの一部を紹介します。

まずは上記に動画を貼り付けておきます。ロバート・ケネディ本人の肉声です。

英文と和訳

原文の英語と、拙訳ですが合わせて書いておきます。太字は引用者(私)によるものです。太字のところは、説明を加えている箇所となります。

Too much and for too long, we seem to have surrendered personal excellence and community value in the mere accumulation of material things. 

もうずっと前から、私たちは人徳や共同体の価値を大切にするよりも、物質的な富を膨大に増やしていくことを優先させてきたように思えます。

surrender: 諦める、捨てる、放棄する

personal excellence: 個人の素晴らしさ

mere: =only ~だけ

Our Gross National Product, now, is over eight hundred billion dollars a year, but that GNP—if we judge the United States of America by that—that GNP counts air pollution and cigarette advertising and ambulances to clear our highways of carnage

今やアメリカのGNPは年間8000億ドルを超えていますが、仮にGNPでアメリカ合衆国の価値を測るのならば、このGNPには、大気汚染、タバコの広告、ハイウェイで交通事故死した多くの人達を搬送する救急車も含まれています。

 

clear A of B: AからBを取り除く

carnage: 大虐殺

現在では、GNPではなく、GDPを指標として使用されていますが、原文に従ってGNPと訳してみました。以下、参考までに。

<引用>
GDP(Gross Domestic Product)=“国内”総生産
GNP(Gross National Product)=“国民”総生産
GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。 “国内”のため、日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない。
一方GNPは“国民”のため、国内に限らず、日本企業の海外支店等の所得も含んでいる
以前は日本の景気を測る指標として、主としてGNPが用いられていたが、現在は国内の景気をより正確に反映する指標としてGDPが重視されている。

出典:内閣府HP

It counts special locks for our doors and the jails for the people who break them.

家を守るための特殊な鍵、その鍵を壊して侵入する犯罪者を収容するための刑務所も、GNPには含まれているのです。

It counts the destruction of the redwoods and the loss of our natural wonder in chaotic sprawl.

セコイア原生林の破壊、美しい自然を呑み込んでいく都市化の波も、GNPのうちです。

chaotic sprawl: 無秩序な都市スプロール現象(都市が郊外へ無秩序に拡大していく様子)

出典:Wikipedia/  
Victorgrigas

上記の写真は、セコイアです。若木だそうですが、人と比べてみるとかなりの巨木であることがわかります。

It counts napalm and it counts nuclear warheads, and armored cars for the police to fight riots in our cities.

戦争で使われるナパーム弾も、核弾頭も、街頭のデモ隊を蹴散らす警察の装甲車もそうです。

当時は、ベトナム戦争真っ最中でした。反戦運動も高まっていた時期です。

It counts Whitman’s rifle and Speck’s knife, and the television programs which glorify violence in order to sell toys to our children.

ウィットマン社製のライフルも、スペック社製のナイフも、子供たちに玩具を売るために暴力を美化するテレビ番組も、GNPに含まれているのです。

Yet the Gross National Product does not allow for the health of our children, the quality of their education, or the joy of their play.

しかし、GNPのなかには、子供たちの健康も、教育の質も、遊びの楽しさも含まれていません。

allow for: ~を考慮に入れる、~に備える、見込む

It does not include the beauty of our poetry or the strength of our marriages, the intelligence of our public debate or the integrity of our public officials.

GDPには、詩の美しさも、夫婦の絆の強さも、公開討論における知的な議論も、公務員の誠実さも、勘定に入っていません。

public debate: 国民的議論、公の論議、公開討論(国民同士が話し合うこと)

It measures neither our wit nor our courage, neither our wisdom nor our learning, neither our compassion nor our devotion to our country; it measures everything, in short, except that which makes life worthwhile.

機知も、勇気も、知恵も、学びも、思いやりも、国への献身も、GNPは測っていません。要するに、国の富を測るはずのGNPは、私たちの人生を価値あるものにしてくれるものを、何も測ることができないのです。

And it can tell us everything about America except why we are proud that we are Americans.

GNPは確かにアメリカという国を物語っています。ただし、そこには、私たちがアメリカ人であることを誇りにしている理由が、何一つ入っていないのです。

以上に引用したスピーチは抜粋になります。英語の全文は、以下のページで読むことができます。
John F. Kennedy Presidential Library and Museum

「正義」のマイケル・サンデル教授も引用したボビーのスピーチ

ハーバード大学で政治哲学を教えるマイケル・サンデル教授。

ハーバード大学の授業は、メディアで公開されたことがなかったのですが、サンデル教授の授業Justice(正義)が、延べ14000人を超す履修者を記録するほどの人気となりました。そして、ハーバード大学が初めてメディアで授業内容を一般公開することになったのです。

日本でも2010年にNHKが「ハーバード大学白熱教室」(全12回)を放映し、異例の大ヒットになりました。DVDでも販売されています。英語&日本語の字幕がついているので、英語の勉強にもなります。

Amazonでは、2018年でも「アメリカ・イギリスの思想」の分野で、以下の本が売り上げ1位となっています。

上記の本のなかに、先ほど検証したロバート・ケネディの演説が引用されています(文庫本 p. 409)。

「アメリカ人が間違ったものごとに価値をおくようになった」ことを警鐘した人物として、マイケル・サンデルはロバート・ケネディを高く評価しています。

ケネディの言葉に耳を傾ければ、というか、このくだりを読めば、当時の自己満足と物質への執着に彼が向けた道徳的批判は、貧困、ヴェトナム戦争、人種差別といった不正についての彼の主張とは別のものだと言いたくなるかもしれない。だが、ケネディはそれらをたがいに関連するものと見ていた。そうした不正を正すために、ケネディは自分の周囲に見られる独りよがりな生き方に区苦言を呈する必要があると考えた。彼はあえて私見を入れた。それでいて、アメリカ人の国に対する誇りを呼び起こすことで、同時に、コミュニティ意識にも訴えた

 

引用先:『これからの「正義」の話をしよう:いまを生き延びるための哲学』マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳(p. 410)
注:太字引用者による。

抜粋のみならず、スピーチの全文を改めて読むと、ロバート・ケネディは、アメリカの貧困問題、ベトナム戦争、人種差別(ネイティブアメリカン("Indians"と英文では表記されている)の失業率80%、若い世代の死因の1位が自殺など)といった社会の不正を語っています。

この社会不正の話とアメリカのGNPの話は、一見関係のないことのように思えますが、マイケル・サンデルが指摘するように、ロバートは互いに関連するものと考えていたわけです。

「自分さえよければいい」現金物質至上主義的な態度が、社会の不正を助長させていると。そして、この社会不正を是正するには、自分の利益のみ考えるのではなく、コミュニティ全体の道徳を改革する必要があると訴えたのです。

 

まとめ

このスピーチをして3か月も経たないうちに、ロバート・ケネディは暗殺されてしまいます。以前、新聞で「歴史にif(もしも)はない(禁物)だが、ロバート・ケネディがアメリカの大統領になったら、その後アメリカはどのように変わっていったのか」という主旨の記事を読んだことがあります。

若くして亡くなってしまったので、故人を美化しすぎる傾向も否定はできないかもしれません。実際大統領になったら、理想を追求できるのかも分かりません。

それでも、ボビーの残したメッセージは、国や人種を超えて、現在でも大きな遺産だと思うのです。

 

最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました。

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